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患者の達人

2018年スマイル春号
記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。

命のボーナスをもらったという
感謝の気持ちを忘れずに

患者の達人

関 里花さん(50歳)

PD歴:3年6ヵ月、国家公務員
国家公務員共済組合連合会
横浜栄共済病院

国家公務員として精力的に仕事をこなす関里花さんは、若くしてご主人に先立たれ、現在はお母様、妹さん、娘さんとの4人暮らし。仲の良いご家族に支えられ、透析導入直後から続いた数々の困難を粘り強く乗り越えてこられました。

順調な滑り出しとはほど遠かったPD生活

関さんは幼少期から溶連菌感染症、腎盂腎炎などを繰り返し、10歳代後半には尿管逆流症を患いましたが、その後は年に数回検査をする程度で、仕事に忙しい毎日を過ごしていました。しかし、3年半ほど前、急激にクレアチニン値が上昇し、同時に血圧も上がり、足がパンパンにむくむように。かかりつけ医から横浜栄共済病院に紹介されたときには、病状はかなり進行しており、すぐに透析が必要と告げられました。

「透析導入と言われたときには、人として終わりのような気持ちになりましたね。お先真っ暗で、受け止めることに精一杯でした。そのとき見せていただいたビデオの『PDで命のボーナスをもらった』というPD患者さんの言葉がとても心に残り、仕事を続けたい一心でPDを選択しました」と当時を振り返ります。

しかし、関さんのPD生活は順調な滑り出しとはほど遠いものでした。導入直後には、腹腔内の「大網」がカテーテルに絡まり、排液ができなくなりました。お腹に液が入ったままで苦しく、不安な期間を過ごされた関さん。「大網除去手術をして排液ができたときは、涙が出るほどうれしかったです」と話します。


さらに関さんを苦しめたのが、足のむずむずでした。PD導入のために入院した際には、夜になるとじっとしていられず、夜中の病院内を歩き回りました。退院後もむずむずは続き、ときには朝まで眠れず、寝不足で仕事に集中できないばかりか、仕事中にむずむずが出てくることも。睡眠導入剤なども効果はありませんでした。「夜中に足をさすりながらそばにいてくれた母や娘にも八つ当たりをするほど精神的に参ってしまい、本当につらい日々でした」。主治医の押川先生の判断により、週1回の血液透析(HD)を併用することにしましたが、それでもむずむずは治まらず、さらにHD後のひどい頭痛にも悩まされることになったのです。

スタッフの皆さんと。左から5人目が押川先生、7人目が関さん スタッフの皆さんと。左から5人目が押川先生、7人目が関さん

むずむずから解放され、朝までぐっすり
普通に働ける毎日がありがたい

関さんを悩ませ続けた足のむずむずでしたが、先生から処方された抗不安薬を寝る前に服用することで、朝まで熟睡できるようになりました。「朝までぐっすり眠れるなんて、信じられないくらいうれしかったです」と笑顔で語ります。HD後の頭痛も、頭痛薬の服用とHDに慣れたことで落ち着いてきました。

国家公務員として国の政策立案の根本を支える各種統計の仕事に携わる関さん。ようやく体調が回復し、休まず普通に仕事に打ち込める毎日が戻ってきました。休日はゆっくり体を休めつつ、ときにはご家族そろって朝食バイキングやショッピングを楽しんでいます。「私の経験から、透析さえ導入すれば普通の生活ができると言い切ってしまうのは少し違う気がします。ふたを開けてみると予想とは違うこともあります。それでも、透析をすることによって、諦めかけていたことができたことも多々あって、本当にありがたいと思います。病院では、押川先生の笑顔と看護師さん方の温かいご対応に、いつも救われていて、心からお礼を申したいと思います。これからも感謝の気持ちで、家族仲良く笑って生活していきたいですね。今度、娘と一緒に嵐のドームコンサートに行くんですよ」と耀くような笑顔で話してくださいました。

ドクターからのメッセージ

国家公務員共済組合連合会
横浜栄共済病院
腎臓内科 部長 押川 仁 先生

関さんはPD導入後、継続できないのではと思われる局面が何度もあり、また、心機能も悪いため、一筋縄ではいかない苦労をされました。それを1つ1つ粘り強く乗り越えられ、現在は落ち着いた状態をキープしてバリバリ働かれています。これからも透析と仕事をうまく両立していただきたいと考えていますが、真面目で頑張り過ぎてしまうところがあるので、体と相談しながら過信せずにほどほどに、とお伝えしたいですね。

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